なりすましはダメです

当たり前ですが

さて、ネットの世界の中ではこういうことが頻繁に起こっていますが、よく考えるとはた迷惑なことにもなります。もしくはそのせいで悪質クレーマーとなってしまって、ネット内で付け回されてしまうといったことになってしまいます。曰く、『自分以外の誰かが自分のように成りすましている』ということだ。この成りすましというものが本当にたちが悪い、その人本人のように立ち振舞ってtwitter上で反社会的な発言を繰り返し行うといったことをしているといった問題は度々噴出しています。おまけにtwitterを利用していない著名人であれば、根も葉もないようなことをネットで本人同然のごとく振舞って暴れるようなことをしていては、被害をこうむるのは身に覚えのない自分な訳です。

勘弁して欲しいものです、このようなことをする理由は分かりかねますが、大概はその成りすましをする人に対して一方的な感情を持っているということが考えられるといって良いでしょう。感情というものは嫌悪といったものもありますが、その人に心酔するように敬愛しているような感情から、その人と同化することで喜びを感じるといった狂気に満ちているときもあるのです。前者であれば抑えれば住む行為ではありますが、後者の場合は個人の価値観に関わってくるようなことになるので言葉でダメだといってもそういう行動をすることで、その成りすましている著名人に対しての愛を語るという、狂信的な一面が強く前面に出てしまっているので、抑えるということができないこともしばしば起こっている。また何とか止めさせても、その後に本当にやらなくなるという可能性もなく、懲りずにまたネットの世界を駆け巡るヒーロー気取りで勘違いして行動することも十分にありえます。こういう店で考えるとネットの世界というものは中毒性が非常に他界ということを理解できるかもしれません。

つぶやいてる?

    著名人の成りすまし

    個人での成りすましということもありますが、中には特定の著名人に成りすましてtwitterで反社会的な行動をしている人も時にはいたりする。確かに個人同士の成りすまし問題もありますが、それ以前に著名人の成りすましが一番性質的に厄介なことになります。著名人、特に大企業の社長を語っている偽者が現れたとなると、twitterで発言している内容がその企業が所属している業界はおろか、国に関するような活動をしていることをしていれば、それに対しての苦言などをする、またとあるほかの企業の社長の行動に対しても批判的な発言を繰り返しているといったことを行っているので、言われた本人からすれば、その人が発言しているのではと勘違いしてもおかしくないでしょう。当該企業の社長に成りすましていることを正真正銘の本人や会社が把握すればある程度の対応も可能かもしれませんが、その時に報告や発見が遅くなればなるほど成りすまされた企業側としては苦境に立たされることも十分にあるということだ。

    成りすましもひどければ訴訟問題に発展

    当然ですが、個人の人格や企業の利益に損失を与えるような過激な行動を起こしてしまうとそれだけ法的措置を取るような状況に発展していきます。ネットの情報なんてすぐに消せるから足なんて付かない、なんて考えている人もいるかと思いますが、この時に拡散されているものならその情報をとめる手段などほとんどないのだ。確かにtwitter上での情報は削除することは出来ても、そのツイートした内容までは消されることはないのだ。つまり、発言してしまうとそういった内容も半永久的に残されることになるわけだ。犯人は自ら証拠をネットの中に置き去りにして、自分から火の海に飛び込んでしまう一端を作っているということに他ならないということだ。

    実際に著名人に成りすましていた偽者に対して企業側は、例外なく損失をこうむったとして損害賠償請求という民事訴訟を起こすとしているのですから、本人を特定して段階を踏んでから裁判所へと戦いの場を移していくというわけです。

    訴訟されてもしょうがないのだ、私が調べたそんなとある著名人に成りすましているツイートを見ていると、自分が社長になればよかったや、2011年に起きた東日本大震災に関してもそんなことをいう人用がないだろうというような、成りすまし特有の好き勝手発言のために、その人本人だけの被害では留まらずに全く関係のなかった人にまでその中傷の矛先が向けられてしまうというのはやりきれないでしょう。ただこういうことを好んでやっているので、一度きちんとした処分を受けて身をもって思い知るべきなのだろうと思う。

    つぶやきのために生きる!
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    どんなに感情がこみ上げても

    成りすまして、その本人のように振舞って暴君のごとく周りを先導してみたいと考えてしまう人が多いのかもしれないですが、そういった行動をすることで自分以外のほかならぬ人も被害をこうむるようになります。とは言っても、こうした行動を起こすようになっている根本的な本能を抑えるようにしなければならないということになります。いくら嫌いだからと言っても、それに対しての攻撃手段としてネット上で本人に成りすましてあることないことを語るというのは行き過ぎた行動として、社会全体から非難を受けることは確実です。それに対して褒めるといった行動をしている人の声に応えるという人もいますが、それをして喜んでいるのはあくまで本人以外いないでしょう。褒めるといったことをしている人は、あくまで傍観しているからこそ好き勝手なことを言えるというものなのです。そうでなければ危ないは死を自らわたろうと考えている人は基本いないわけです。

    思うところはあるかもしれませんが、一時の感情に流されて自分の人生を狂わせるようなことをしては何もかも潰してしまうという事もある。そうなってからでは全てが取り返しの付かないことになると言うことに気づいていない人が多すぎるのかもしれないから、こうした問題が一向に減らないのかもしれない。

    つぶやかずに、街へ出よ!